「ビリでギャル」から、
「今の私」に至るまで。

「ビリでギャル」だった私が
恩師と出会い、慶應受験を志す。
「君めっちゃ面白いから、慶應とか行ったら?」
弟の代わりにいった塾の面談で、人生を変える出会いをした。大人なんて、みんなつまんないと思ってた。でも、その先生は、私の話を笑って聴いてくれて、私の可能性を、信じてくれた。それが泣けるほど嬉しくて、私は人生を変える挑戦をすると、決めた。


全国模試で偏差値28から、
慶応大学に現役合格。
「勉強しすぎ 死んだ人」で一応検索したくらい、勉強した。勉強は苦行だと思っていたけど、知らないことを知るのは、思っていたより面白いと知った。死ぬほど努力して、自分の手で開いたその世界には、魅力的な出会いがたくさんあった。

ウエディングプランナー
としてキャリアスタート。
私は貪欲だから、目の前で人が幸せになる瞬間を見たいのだ!と、サービス業を志望。たくさんのご家族の大切な1日をプロデュースできる仕事は、天職だと思った。


「ビリギャル」の書籍・映画が
ともに大ヒット。
「君が慶應に受かったら、本や映画になるくらいドラマチックだよね」という恩師の言葉が、現実になった。

全国各地で、講演活動を開始。
「子どもたちに体験談を聴かせたい」という声から、はじめた活動。気づけば、累計500回を超えていた。同時に、「ビリギャルは地頭が良かったんだよ」というたくさんの声に、疑問を持つ。地頭って、なんだろう。

「学習科学」で、修士号を取得。
地頭だけじゃないはず。私は、昔の私を知っているから。なんで学校の先生ではやる気にならなかったのに、坪田先生とならあんなに楽しく、必死に走れたんだろう。その謎を解くために、もう一度学ぶことにした。

米ニューヨーク、コロンビア教育
大学院で認知科学修士号を取得。
「日本の教育をもっと良くしたいと思うなら、一度日本から出てみると良いよ」タクシーの中で言われた恩師の言葉が、2年経っても頭から離れなかった。1ミリも英語が話せないところから、コロナ禍で英語を猛勉強。34歳で初めての留学を果たした。

大人が成功体験を得られる
サービスをつくる!
AGAL Inc.を創業。
子どもたちがもっと自由に夢を語り、自信を持って生きられるようになるためには、まずは大人が自信を持たないといけない──。ビリでギャルだった私があんなに頑張れたのは、母の子育てと、坪田先生のアプローチがやっぱり鍵だった──。認知科学が、色んなことに気づかせてくれた。「どうせ無理」の連鎖を、わたしたちの世代で断ち切りたい。








